新型コロナの話題で持ちきりの昨今、政府は「全国の小中高の休校を要請」を発表し、それに対する是非や行政の対応、民間サポートの情報が飛び交っていますね。
そんな今だからこそ、より一層「目的論を伝えたい」という平本あきお。
15年以上に渡り平本と一緒に仕事をしている中田が、打ち合わせの合間のちょっとした雑談のひと時に、この状況だから腹落ちした「目的論」と「原因論」についての平本あきおとの対話をお届けします。
逆に、少しでも気になることがあると、ついつい自分や人を責めるモードになってしまっている。
例えば、安倍首相を例にとると、何をしても、何をしなくても批判されることがわかっている中で、「学校の休校」なら一番責められないだろう、と無意識で計算して動いているように見える。
そして、他にも「こういう対応をすれば責められなくて済みそうだ」ということを判断基準にした発想や行動が少なからずあるように感じるんだよね。
「みんなにとってどうなったらいい?」
から逆算して判断しようという考え方であり方法論。
という問いかけから発想して考え、
「で、今できることは?」
という問いかけから、各自の立場やリソースの中で現実的な行動を見つける。
そしてそのトライ&エラーを早く回していく。
「何がダメなんだろう?」
「ダメな理由はなんだろう?」
という思考パターンに陥っている状態。
でも、往々にして、最初に話したように
「自分や人を責める」
「人から責められないように先回りして行動しておく」
というように、保身が目的になってしまう思考パターンや行動に陥りやすい。
これは全く生産的ではないよね。
なんだか初めて「目的論」と「原因論」がわかった気がします!
ずっとそう言い続けているじゃないですか〜!!!
(注意)
中田はもう15年以上、平本と一緒に仕事をしてるので、ここは当たり前にわかっていないといけない文脈です。
とはいえ、同じようなシーンはさまざまな組織で起こり得るのではないでしょうか?
実際、これまでに他の平本式メンバーも同様のシチュエーションを多々体験してきています。
「あ!今の言動は”責められないように”という発想からだな …」
とモヤモヤした時は、どうしたらいいですかね?
って、その時、その場で本人に聞いてみればいいですかね〜?
信頼関係ができている間柄だったら、
「本当は何が言いたいんですか?」とか
「本当はどうなったらいい?」
って聞いてみるといい。くれぐれも、その人を責める口調にならないように。相手を責めても解決は遠のきますからね。
ベースには”信頼してもらえるコミュニケーション”が必要です。
なるほど。でも、「本当はどうなりたい?」とか「みんなにとってどうなればいい?」という発想で考えるのは、
そもそも本人が「自分の幸せ」や「みんなの幸せ」についてよく考えていないと難しいですね。
「自分はどんな状態が心地いいのか?」についての「感度」が鈍っている人も多いですからね・・・。(溜息)
そうなんですよね。。。
「みんなにとってどうなったらいい?」を自然に考えられるようになるためには、
「自分軸」つまり、自分にとっての幸せや充実感、ビジョンや価値観が、一人一人明確になっていること、
それを、毎日の生活の中で実践し、十分に味わえてることが、ものすごく重要。
そして、自分軸は、一人一人違っているものだから、
自分自身の自分軸を深く味わえていると、
自分とは違う人のことも認める、尊重することができるようになる。
教育哲学でいうと「自由の相互尊重」と表現してることとほぼ一緒ですね。
平本式では「目的論コミュニケーションを社会基盤に」というメッセージを伝え続けていますが、そのベースには、「自分軸」ですね。
「民主主義とは、1人1人がそれぞれ自分の幸せをしっかり考え実現している社会であり、だからこそ”どんな社会になったらいい?”かも深く考えるようになるから、成立する」と普段から熱く語っている中田ですが、その対比となる「責めあう」ことや「保身の弊害」について、一気に理解が深まった気がしています。
「目的論コミュニケーションを社会基盤に」についてもググッと腹落ち。
今後も、対話と考察を重ねていきたいと思います!